Tales of Another Story Prologue〜そして私たちは出会った〜




ex.フレグランス・デイズ


授業を終え、リリスはミンツに新しくできたファッションショップに来ていた。


店内には流行の服だけではなく、香水、マニキュア、口紅、アクセサリー類など、様々な物が揃っている。


(・・・・・・・・・・・・・・)


リリスはショーケースの中に並べられた香水瓶を、しゃがみ込みながら覗き込むようにして眺めていた。


(こ、香水って、こんなに高いんだ・・・・・・・)


香水の値段に、リリスは驚愕する。


ケースに入っている香水瓶は、どれも高額な物ばかりだった。最低でも10000ガルド前後は出さなければならない。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


近くにいた女性店員に声を掛けられ、思わずドキッとするリリス。


「えっ!?あ、そ、その・・・・何でもないですっ!」


リリスは店員から逃げるようにして香水コーナーを離れ、慌てて店を出て行った。




「はぁ・・・・はぁ・・・・何やってんだろ、私」


香水が欲しいと言えばよかったのに、何故か緊張してしまい、店を飛び出してしまった自分が情けなく思えた。


(・・・・・・・少し、休も)


リリスは近くのベンチに腰掛け、ふぅと息をつく。香水を買うだけで、こんなにも精神を消耗してしまうのはどうしてだろうか。


(いくら、あったかな・・・・)


財布に中身を確認する。所持金はちょうど10000ガルド。ケースにあった一番安い香水を買うのがやっとだ。


「どうしよう・・・・・・」


香水はギリギリ買える。けれど、買ってしまったら所持金はゼロ。かなり手痛い出費になるのは明白だ。


(みんなもアレと同じの、つけてるんだよね・・・・・)


学園生活を送り始めてからしばらく経ったある日の事。


教室でクラスの女子が香水をつけているのを目にしたリリス。多少の興味はあったものの、買うまでには至らなかった。


が、その翌日にしいなやノーマたちに香水を進められ、そこまで言うならと、試しに買ってみようと決めたのだった。


今時の学生なら、男女問わず香水をつけていてもおかしくはない。むしろそれが普通なのかもしれない。


「・・・・・・・・・・・」


買い物に慣れているリリスでも、こういうものに関しては無学だ。ここは都会なんだと、身を持って実感した。


―――――――悩んだ。とにかく悩んだ。


リリスはベンチから立ち上がり、香水を買うか買わないかを考えながら、店の入り口付近をウロウロする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


しばらくして、


(・・・・・・・悩んでても仕方ない、か)


決心したのか、リリスは再び店内へ入って行き、香水売り場へと向かう。


「あ、あ、あの、すみませんっ!」


ショーケース越しに立っている女性店員に話しかける。緊張のせいか、思わず声が裏返った。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


「えっと、この一番安い香水を――――――――」


ガシッ。


そう言いかけた途端、誰かに手首を掴まれた。


「すみません。もっと安価な香水、売ってませんか?」


――――――リリスの頬の横で揺れる、栗色の髪。仄かに香る、香水の匂い。


「あれ、コロネ?」


隣にいたのは、コロネだった。


「あ、はい。それでしたらこちらにございます」


店員は明るく対応しリリスとコロネを別の香水売り場へと案内した。




案内された香水売り場には、どれも安価な物が揃っていた。


値段は最低でも300ガルド前後。さっきリリスがショーケースで見た香水の値段とは偉い違いだった。


「も〜、見てらんなかったわよ」


コロネは腰に手を当てて、小さくため息をつく。リリスが買おうとしていた物は、セレブお達し用の香水だったらしい。


「だ、だって・・・・・・」


「いい?香水を買うなら、ここに売ってるやつから選ぶのが基本。あんなの買ってたら、小遣いがいくらあっても足りないんだから」


コロネの説教じみたアドバイスが始まる。


「香水はいかに安く、かついかに自分の魅力を最大限に引き出せるかが重要なの」


語り始めるコロネ。長くなりそうだ、とリリスは覚悟する。


「いくら香水が高級だからって、自分に合ってなきゃ全然意味がないの。さっきだって、適当に一番安い香水を買おうとしてたでしょ?それは絶対にやっちゃダメ!そもそも―――」


散々コロネのオシャレ理論をリリスに展開し、そして、


「それらを熟知してこそ、本当のオシャレができるというもの。これ鉄則、覚えときなさいよね!」


最後にきめ台詞を言って締めくくった。


「・・・・・・・・・」


何も言えるはずがない。というより、言える隙がなかった。リリスは適当な300ガルドの香水瓶を手に取って、


「こんな安いのがあるなんて、知らなかった・・・・・」


思わず、照れ笑いした。


「・・・・・・・・まあ、田舎育ちだし。仕方ないと言えば仕方ないんだけどね」


田舎者だから、都会の買い物をよく知らないのも無理はないかと言って、コロネは割り切った。


するとリリスはムッとした表情を浮かべて、


「悪かったわね、田舎者で」


むすっと頬を膨らました。


「べ、別に悪いだなんて一言も言ってないでしょ!その、何ていうか・・・・リリスに損をさせたくなかったのよ」


リリスから視線を逸らし、少し照れくさそうにしてコロネは言った。


「え・・・・じゃあ・・・・私のために?」


「あ・・・・・当たり前でしょ。友達なんだから」


友達・・・・そのコロネの一言で、リリスに笑顔が戻っていく。


「・・・・ありがとう、コロネ!」


リリスの笑顔に不意を付かれたのか、コロネの頬がより一層赤く染まっていく。


「な、な、な、なによ・・・・!そんな言い方されたら・・・・・私、何ていうか・・・・・・・」


正直に喜ぶことができず、視線を泳がせるコロネ。うまく言葉が出せず、とうとう――――、


「あああああああああっ!もう、めんどくさいっ!こうなったら、リリスにとことん私のオシャレ理論を叩き込んでやるんだから!」


自滅してついにヤケになった。香水の選び方から、いつの間にかオシャレ理論の伝授へと移行してしまっている。


「あ・・・・あはは・・・・」


香水じゃないの?とリリスは言いたかったが、余計な事を言うとまた話が長くなりそうなので、言葉を飲み込んだ。


「ほらっ、ボサっとしてないで香水見るわよ!!」


コロネはリリスの腕を強引に掴み、香水巡りへと引き擦り込むのだった。




―――――――30分後。


香水巡りの末、リリスは大量に並ぶ香水の中から、最も気に入った物を選んで買い入れた(殆どコロネが選んだ)。


店の入り口まで歩きながら、購入した香水を手に取って眺めている。


「うわぁ、良い匂い・・・・今日はありがとう、コロネ。香水選び手伝ってくれて」


早速買った香水を制服に吹きつけながら、リリスは満足そうな笑みを浮かべながらコロネに言った。


「お安い御用よ。やっぱリリスにはピュアフラワーの香水が一番しっくりくるわね」


私の目に狂いはなかった、とコロネ。リリスのイメージにピッタリだとコロネが勧めたものだった。


「でも香水選びって大変なんだね。私、全然知らなかったよ」


「何言ってるの、これくらい序の口にも入らないわ。オシャレの道は、まだまだ長いんだから」


コロネのオシャレへの情熱は、とどまることを知らない。ついていけないかも・・・・とリリスは苦笑いした。


――――――すると、


「ちょっとっ!どうなっていますの、この店はっ!?」


耳を劈くような女性の怒鳴り声が店内に響き、2人は足を止めた。


「な、何?」


振り向くと、さっきまでリリスが悩んでいたショーケースのある場所で、女性店員と客であろう女性が揉めている最中だった。


どこかのお嬢様を思わせるようなパーマがけ。高級感溢れるピンクのドレスを着た女性だった。


女性は店員を睨み付け、手に持った扇子をギリギリと握り締めながら文句を飛ばしている。


「どうして頼んでおいたはずのゴージャスルナスペシャルがまだ届いてませんの!?」


「も、申し訳ございません。ただいま入荷が遅れていまして・・・・・」


「遅れていますですって!?わたくしは1週間も待っていますのよ!!1週間も!!


女性は今にもショーケースから身を乗り出しそうな勢いで、店員を攻め立てていた。


「うわ・・・何よあれ、何てワガママなヤツなの。リリス、私ちょっとあいつに――――って、リリス?」


気がつけば、コロネの隣りにはもうリリスはいない。コロネよりも先に、その女性の所へ向かって歩いていた。


「あの、すみませんっ!!」


パーマの女性の怒鳴り声に負けないくらいの声で、リリスが声をかける。


「な、何なんですの貴方はっ!?」


「何もそんなに怒鳴らなくたっていいじゃないですか!」


「ふん、何を言い出すかと思えば・・・貴方には関係のないことですわ、子供はあっちへお行きなさい」


女性はリリスをまるで相手にせず、扇子でしっしと追い払おうとする。するとそこへ、


「そうよ!店側にだって事情があるんだから、怒鳴ったって仕方ないじゃない!」


コロネが加勢し、パーマの女性に食ってかかる。周囲にいた客たちも何事かと集まってきていた。


次第にパーマの女性の表情は不機嫌になり、持っている扇子が握力で壊れそうになる。


「なんて生意気な小娘たちですの、もういいですわっ!貴方たちには身を持って――――――」


パーマの女性が扇子を振り上げる。しかしその直後、


「―――――やめなさい。こんなところで」


扇子を振り上げたパーマの女性の手首を、もう一人の女性が掴んで止めていた。


銀色の長い髪に、深紅の瞳をした品のある女性だった。紫のスパンコールドレスが、眩いほどに美しい。


「・・・・・・・・・・・・・・」


しばらくパーマの女性の沈黙が続く。そして、


「分かりましたわ」


パーマの女性は納得のいかない表情を浮かべていたが、潔く引き下がり、振り上げた腕を下ろす。


「あ、あの・・・・あなたは・・・・・」


突然現れた銀髪の女性を前に、戸惑いを隠せないリリスとコロネ。


「私の友人が迷惑をかけたわね。でも、彼女も悪気があったわけではないのよ」


銀髪の女性が微笑む。その笑顔も、声も、何もかもが美しかった。


「さあ、行きましょう。香水はまた今度取りに来ればいいわ」


パーマの女性の腕を引っ張り、銀髪の女性は店を後にした。周りにいたギャラリーも次第に引き始め、ざわめきが消えていく。


「・・・・・わ、私たちもそろそろ出よっか」


リリスとコロネも店を後にする。とんだトラブルに遭遇したけれど、香水は買えたので良しとする2人だった。




2人は店を出てすぐ、トラブルを起こしていた女性とその付き添いの女性が、近くのベンチに腰掛けている姿を見つける。


「もうあの店には二度と頼みませんわっ!!」


パーマの女性は香水の件を引き摺っているようで、まだ文句を言い続けていた。


「はいはい、そうね」


銀髪の女性が、尽きない文句を笑顔で聞いてあげている。わがままな子供とその保護者にしか見えない。


「まだ言ってる・・・・ったく、世間知らずもいいとこね」


きっとどこかの世間知らずなお嬢様なのだろうと、コロネは哀れむような視線をパーマの女性に送りながら愚痴をこぼした。


すると、パーマの女性はコロネたちの方にぱっと視線を向けて、


「そこっ!!聞こえてますわよっ!!」


唾を飛ばしながら、リリスたちに指を差して威嚇した。なんという地獄耳。


「まあ、貴方たちはさっきの・・・・・」


銀髪の女性が微笑みながら近付いてきた。パーマの女性も渋々と後を着いてくる。


「あ、どうも・・・・」


思わず畏まってしまい、頭を下げるリリスとコロネ。そんな2人が可愛らしく見えたのか、銀髪の女性はまたくすっと笑う。


「あら?この匂い・・・・・」


リリスとコロネのつけている香水の香りが気になったのか、銀髪の女性は顎に指を当てて、しばらく考える。


「ピュアフラワーとフレッシュスウィーティ・・・・・どう、合ってるかしら?」


つけている香水の種類を、一瞬にして当ててみせた。


「「す、すごい・・・・・・!」」


彼女の香水に対する嗅覚は、まさに。この人は香水のプロフェッショナルに違いないと2人は思った。


「貴方たちも香水が好きなのね。なら、私たちと話が合いそう」


銀髪の女性はバッグから銀時計を取り出し、時間を確認する。時計はちょうど3時を示していた。


「ちょうどいい時間ね。ここで立ち話もなんでしょうから、どこかでお茶にしない?もちろん、私がご馳走するわ」


銀髪の女性は、友人が迷惑をかけたということでお詫びをしたいのだという。


するとそこへ、


「――――――ここにいたのね。探したわよ」


銀髪の女性に声をかける1人の女性が、カツ、カツと足音を立てながらやってくる。


「予定変更よ。そろそろ戻るわ」


キリッとした目つき。銀のフレームの眼鏡をかけ、黒一色に染めた細身の服を着た、どこか厳格さを感じる女性だった。


どうやら女性たちの知り合いらしく、眼鏡の女性は自分の腕時計を指差し、2人に戻るよう指示している。


「まあ、随分と急ね。これからこの子たちとお茶をしにいくところなのに・・・・・」


銀髪の女性は残念そうに、表情を少しだけ曇らせた。


「そこの2人は誰?」


眼鏡の女性が視線をリリスたちに向ける。彼女のきつい目線が突き刺さるように痛い。


「そこの2人は、わたくしに喧嘩を売ってきた生意気な小娘たちですわっ!」


黙っていたパーマの女性が、割り込むように口を挟む。すると、眼鏡の女性はくいっと眼鏡を指で持ち上げ、


「成程。つまり、貴方の頼んでおいた香水が入荷遅れで手に入らず、店員にワガママを言って困らせている所を見兼ねたそこの子達に注意され、逆ギレして大暴れしそうになったところを止められて結局渋々と店を出た。まあ、大体そんなところね」


リリスたちとパーマの女性たちがやり取りした経緯を、ざっと説明してみせた。


なんという推察力。まるでエスパーか予知能力者かと言わんばかりの、気味の悪いくらい完璧で的確な推測だった。


「まあすごい、大正解♪」


にっこりと笑いながら拍手を送る銀髪の女性。リリスたちも思わず拍手喝采。


「わがままとは何ですかっ!!元後言えば、あの店の対応が・・・・」


「言い訳はもういいわ」


付き合いきれなくなった眼鏡の女性は、途中で話を打ち切ると、腕時計をカツカツと指で叩いて、


「その子達には悪いけれど、私たちにはもう時間がないの。戻らないと私の調整した時間が狂ってしまうわ」


女性たちを急かすように告げた。“口答えは許さない”と、目がそう語っている。


銀髪の女性は僅かに顔をしかめると、小さく息をついて、


「そう・・・分かったわ。私は後からすぐに行くから、貴方たちは先に行ってて」


ティータイムを諦め、眼鏡の女性にそう告げる。必ずよと言って、眼鏡の女性はパーマの女性を引きずりその場を後にした。


2人を見送った銀髪の女性はリリスたちに向き直り、


「ごめんなさいね。せっかくお茶に誘ったのに、ご馳走できなくて。あの人、時間にはうるさいから」


申し訳なさそうに、それでも笑顔を絶やさずに言った。


「あ、いえ・・・・私たちならいいんです!気持ちだけでも十分ですから」


と、リリス。銀髪の女性は優しいのね、と気品のある笑みを戻す。


「あ・・・・そうだわ。これ、貴方たちにあげる」


すると、銀髪の女性はバッグの中から可愛らしい花模様のついた2つの小さな紙袋を取り出して、リリスたちに渡す。


袋の中を開けてみるリリスたち。中には高そうな香水瓶が入っていた。


「エンシェントローズマリー・・・・私のお気に入りの香水なの。よかったら使って」


お茶のご馳走をできなかった代わりだろう、銀髪の女性の心優しい気遣いだった。


「い、いいんですか!?こ、こんな高そうなもの・・・・・」


コロネの受け取った香水瓶を持つ手は、驚愕と感動でぶるぶると震えている。リリスもその香水に目を輝かせていた。


「えぇ、もちろんよ。これもきっと何かの縁、遠慮せずに受け取って」


「「あ、ありがとうございますっ!!」」


感謝感激するリリスとコロネ。同じ香水好き(1人は初心者)として、ここに確かな友情が生まれた。


「さて、私もそろそろ行かなくちゃ」


早く行かないと彼女の機嫌を損ねちゃうわ、と銀髪の女性は笑う。


そして―――――――、


「それじゃあ・・・・・“また”ね」


リリスたちに微笑みかけて、銀髪の女性は去っていく。コロネは感動し足りないのか、手をぶんぶん振って見送っていた。


リリスも手を振って女性を見送る。彼女の言った"また"という言葉が何故か引っかかったが、気のせいだと心の中で受け流した。




――――――その帰り道で。


「ねぇリリス、これ開けてみようよ!」


待ちきれないのか、コロネは貰った香水を開けたがっていた。早速2人は、銀髪の女性から貰った香水を開けてみることに。


ガラスの小さな蓋を開けてみると、中から薔薇の香りが漂ってきた。


高貴で、優しく包み込むような、大人の薔薇の香り。その香りに心を奪われ、リリスたちは思わずうっとり。


「いい匂い・・・・これがセレブの香りってヤツね。私、明日からこれつけていこうかな」


貰った降水を、早速使うつもりでいるコロネ。余程セレブな香水が手に入って嬉しいのか、やけにテンションが高い。


「あ・・・・・・」


と、リリスは不意に立ち止まる。


「リリス、どうかしたの?」


「あの人の名前・・・・・聞くの忘れちゃった」


うっかりして、彼女から名前を聞けなかったことに、リリスは肩を落とす。


またいつ会えるかも分からない・・・・いや、もう二度と会うことはないかもしれないのに。


「リリス。あの人の連れ、まだ特注品を受け取ってなかったよね?」


コロネは笑って、リリスに問いかける。


「―――――あっ!」


と、リリスの頭に浮かんだ1つの答え。


そう。特注品を受け取れなかったということは、またパーマの女性と一緒にやってくるということだ。


『―――――それじゃあ、“また”ね』


彼女の言った言葉。リリスの中で引っ掛かっていたのは、これだったのかもしれない。


「そういうこと。今度は私たちから、お茶に誘ってあげよ!」


「うん、そうだねっ!!」


2人で交わした、ささやかで小さな約束。きっとまた彼女たちに会えると信じて、リリスたちは寮へと戻っていくのだった。





―――――ただ。


あの“また”ねという言葉。


いつかこの先で、彼女たちと全く別の形で出会うことになろうとは・・・・リリスたちには知る由もなかった。




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